経緯

・日本企業A社が中国現地に設立したB社は、関連商品の生産及び中国国内外の販売業務に従事していた。

・2017年、B社内のある購買課長Hに自己取引、虚偽の領収書を使用した費用精算等の不正行為があり、不正に私的利益を図ったという内容の匿名による書面の通報をA社が受けた。

・通報書面では、購買課長Hが行った自己取引や虚偽の領収書による費用精算の不正行為について、以下の通り具体的に告発されていた。

①H課長は在職期間中、A社とC社で購買契約を締結させた。C社の株主はH課長とその妻である。Hの妻はC社の法定代表者である。A社がC社から購入した原料の価格は市場価格を上回る。

②H課長が出張で地方のホテルに宿泊した際、実際に発生した宿泊代金よりも高額の領収書をホテルに発行させたうえ、当該虚偽領収書を使ってB社に費用を精算した。

・A社は現地法人B社に対し、内部調査を行って本件を適切に解決したうえ、処理状況を報告するよう指示を出した。B社は本件の処理について法的見解の提供、B社の調査と処理へのサポートを弊所弁護士に依頼した。通報された内容が事実であるならば、B社ではH課長との労働契約を解除したいと考えていた。

案件対応の過程

(1)弁護士の見解

・中国の『会社法』では、自己取引行為を禁止する対象は董事、高級管理職、監事に限られています。本件においてH課長の職位は高級管理職クラスには属さないため、『会社法』によって処理することはできません。

・しかし、『労働契約法』第39条の規定では、労働者が使用者の規則制度に重大な違反をしたか重大な職務失当があり、私利を図り、使用者に重大な損害をもたらした場合には、使用者が労働契約を解除することができるとされています。そのためには当該法律規定により、H課長の行為はB社の規則制度に対する重大な違反であるとするか、H課長に重大な職務失当や私利を図る行為があり、B社に重大な損害をもたらしたことを証明することが必要となります。弁護士は重大な規則違反、私利を図ったことによりもたらした重大な損失という2つの方向に沿って、重点的な調査と関連証拠の収集を進めることとしました。

 

(2)弁護士の対応

・調査段階

①自己取引行為についての調査

a.弁護士の権限を利用し、C社の株主及び法定代表者等の工商登記情報について調査と証拠取得を行いました。H課長及びその妻は確かにC社の株主であり、妻は確かにC社の法定代表者である事実を確認しました。

b.C社より購入された原材料の価格が市場価格を上回っているかを調査しました。電話、企業訪問等により同種の原材料を販売する複数のメーカーに価格を照会した結果、C社から購入した原材料のうち、一部製品の価格は市場価格とほぼ同じであったが、一部商品は市場価格の2倍~3倍であったことが判明しました。

②虚偽の領収書での精算についての調査

a.B社の財務担当者に、H課長の宿泊費の精算領収書を全て提出してもらいました。

b.インターネットのホテル予約サイトで領収書に記載のホテルの宿泊料を調べるとともに、当該ホテルに実際に支払われた宿泊料に金額を上乗せし領収書金額とすることができるかを電話で確認し、最終的にH課長の精算に使った領収書の金額は実際の宿泊料を上回っていたことを確認しました。

以上の調査を行う過程で、紙ベースの資料と録音データを保存し、後続段階で使用できるようにしました。

③H課長の行為がB社の規則制度に対する重大な違反となることの確認を行いました。

B社の規則制度には自己取引行為の禁止、虚偽の領収書による費用精算の禁止について明確な規定がありませんでした。また、規則制度の制定時に法的プロセスを履行しておらず、H課長の署名確認も残されていないため、規則制度は内容、形式のいずれの面からもH課長の行為を拘束することはできません。

④H課長の行為はB社に重大な損害をもたらすものであることを確認しました。

市場価格との比較を行い集計したところ、B社が被った損害は累計で約50万人民元に上ることが判明しました。

 

・処理段階

事前の調査により、通報内容はほぼ事実であることが確認されました。ただし、B社の規則制度の内容および形式上不足と瑕疵があることと、市場価格の調査に十分な信頼性がないことにより、H課長の解雇を強行すると、B社の労働契約違法解除リスクが発生する可能性があります。このため、弁護士よりB社に対し、まずB社でH課長と協議し、自主退職を勧告し、もし協議が不調に終わった場合は、労働契約解除を強行するとともに、公安機関に本件を通報してH課長にプレッシャーを与えるよう提案しました。

B社はこの提案を受け入れ、H課長に対する50万元の損失請求についても放棄することを申し出て、H課長の自主退職への同意を取り付けました。弁護士の適切な交渉と提案により、B社はH課長との労働契約を無事に解除することができました。

依頼者の満足ポイント

・不正行為のあった従業員を無事に退職処理することに成功したうえ、労働紛争の発生を回避することができました。

・本件をB社の他の従業員に対する良い注意喚起の機会とすることができ、B社及びその株主として、不正行為を断固として認めない方針を示すことができました。

中国での類似の案件における問題点とアドバイス

日系企業が中国にもつ海外子会社の企業コンプライアンスにおいては、中国籍従業員の不正行為の処理に大変苦慮するということがしばしばあります。不正行為を速やかに抑制・処理しないと、子会社全体のコンプライアンス管理にとって大きな課題や脅威ともなりかねません。不正行為が報告された場合、まず最初に弁護士に相談してサポートを要請し、不正行為を抑制・処理する会社の断固たる合法的方針を示して現地法人のコンプライアンス意識と制度を確立・強化する一方で、正確、有効、適法な対応策を専門の弁護士に早急に作成してもらい、不正行為のあった従業員に対する会社の適法かつ迅速な処理に役立てることをお勧めします。