会社の持分譲渡に伴う従業員への経済補償金支払い

1.経緯
・A社は日系独資企業である。その株主である日本の本社では、保有するA社の全持分を中国企業のB社に譲渡する計画があった。本社とB社双方で持分譲渡契約を締結し、政府機関への持分譲渡変更登記の手続きも済ませた。この間、A社の労働組合及び従業員には、持分譲渡について一切知らせないようにしていた。
・持分譲渡の手続きが完了した後で、本社とB社の人員がA社にて管理権の引渡しを行い、A社では中堅幹部による社内会議を行い、持分譲渡について告知した。当日、突然会社の株主が持分を譲渡することを知らされた従業員は、大変混乱し、自身が新たな株主によりリストラされたり、減給となることを恐れた。一部の従業員による扇動・指揮のもと、全従業員が業務を停止してオフィスビルを包囲し、日本の本社から訪中していた代表をオフィス内で取り囲み、経済補償金の支払い要求に本社代表が同意するよう迫るという状況が3日間続き、現場は大変な混乱状態となった。
・A社は現場での対処を求めて弊所弁護士に緊急依頼を出した。

2.案件対応の過程
(1)弁護士の見解
·『労働契約法』第33条で、使用者の出資者変更は労働契約の履行に影響を及ぼさないことが規定されていることにより、日本の本社が保有するA社の持分を中国企業のB社に譲渡するにあたり、従業員によるA社に対する要求には法的根拠がありません。
·従業員が本社代表を取り囲み、A社による経済資本金の支払いを迫ったという状況において、本社代表の身の安全の保障が、この事件の処理の最重要目標となります。
·A社の管理権を引き渡すという重要なときに、従業員の混乱が発生したことにより、B社ではA社の管理権を引き継げなくなり、B社としてもそのような会社の管理権を引き継ぐ意向がなくなったことで、本社の違約により、今回の持分譲渡が失敗するリスクが存在します。このため、いかにして迅速に従業員の混乱を沈静化し、会社管理権の引渡しを完了するかと、持分譲渡の失敗を回避することが本件対応の重要目標となります。
(2)弁護士の対応
· 弁護士がただちに現地政府、公安機関、労働保障機関、労働組合に報告、協議、交渉を行い、これらの機関からの理解と支持を得て本社代表の身の安全を確保した。
・弁護士が介入すると、持分譲渡及び従業員関連の問題に関して友好的な協議を行うことに、会社や従業員代表は同意した。
·弁護士が従業員と個別に面談し、従業員の心配を打ち消して彼らを落ち着かせた。交渉をするうちに、ほとんどの従業員が生産業務に戻り、受注分の生産は確保された。
·B社により持分譲渡契約を破棄されてしまうと損失がより拡大するのを避けるため、A社とB社で協議・交渉し、A社は最終的に従業員への法定経済補償金を支払うことに同意した。賃金引き上げ等の従業員によるその他の要求は拒否した。

3.依頼者の満足ポイント
·弁護士による全力の現場サポートを受け、タイムリーに事態の悪化を回避し、本社として海外での合併買収に伴う集団性事件への対応に成功し、一時的な事態の緊張はあったものの、危険なく海外子会社からの撤退業務を完了することができた。
·本社代表の身の安全が保障された。
·弁護士の介入後は最短時間で生産を回復することができ、注文納期を確保したことで、経済的損失のさらなる拡大を回避できた。
·弁護士が現場に1ヶ月駐在し、従業員の心理面のケアを行った。もとの株主である本社と新たな株主となるB社は会社の管理権引渡しを無事に行うことができ、B社により持分譲渡契約が破棄されるリスクは回避された。

4.中国での類似の案件における対応の難点とアドバイス
『労働契約法』第33条の規定により、使用者の株主が持分を譲渡するにあたり、使用者は経済補償金を支払う必要はないとされていますが、従業員は会社の株主や経営陣の変更により労働契約の履行継続に影響が及ぶことを懸念しがちであり、持分譲渡に反対したり、使用者に経済補償金の支払いを要求することもあります。従業員の要求が満足されないと、過激な手段によって使用者に要求に応じることを迫ることもあるため、会社の持分譲渡の過程においては、従業員から経済補償金の支払い要求や持分譲渡への反対を受けること、ならびに出現しうる事態の混乱を十分に想定し、資格をもつ経験豊かな中国弁護士に持分譲渡の全過程参与を委託し、出現する可能性のあるトラブルへの対応マニュアルを講じておき、実際の状況に応じてそれを調整しながら進める必要があります。