現地法人の清算時、特殊な状況にある従業員処遇の適切な処理方法とは

1.経緯
・A社は、1994年に中国青島で法に従い成立した日本独資企業である。会社には300名近い従業員がおり、女性従業員がその80%を占めている。2017年4月、A社の生産経営状況の不振、本社の投資戦略調整を理由に、日本の本社でA社を中途解散することが決定された。
・2017年5月、A社は全従業員への説明会を行い、会社を解散・清算することを正式に告知するとともに、会社は全ての従業員に法定経済補償金を支払って労働契約を終了することを全従業員に伝えた。
・従業員のうち大部分が労働契約の終了協議書に署名したが、A社には十数名の特殊従業員(「三期」中の女性従業員※及び労災を負った従業員)がおり、労働契約が終了すれば出産、労災の関連待遇を受けられなくなることを理由に、終了協議書への署名を拒み、労働関係の終了を受け入れなかった。中には所管労働機関や市長ホットラインに、A社による労働契約の違法解除を通報した従業員もあった。
※「三期」とは、中国で女性従業員が妊娠・出産・授乳する期間を称し、労務用語でこの期間中の従業員を「三期女性従業員」と呼ぶことがあります。

2.案件対応の過程
(1)弁護士の見解
・『労働契約法』第44条第(5)号では明確に、使用者の中途解散決定が、労働契約を終了する事由の一つとなることが規定されています。『労働契約法』第42条では、「三期」中の女性従業員及び労災を負った従業員の労働契約解除についての制限性規定は、前掲第44条の労働契約終了の事由には適用しないとしています。これにより、法律上は、A社が中途解散するという状況において、「三期」中の従業員、労災を負った従業員との労働契約を終了することには法的根拠があり、労働契約の違法解除にはならないといえます。

(2)弁護士の対応
・弁護士がまずは所管労働機関、「市長ホットライン」に連絡、交渉し、会社が中途解散のために労働関係を終了することは法による労働契約終了の事由にあたるものであり、経済補償金も法定基準に従って支払い、従業員のいかなる利益も侵害していないことを明確に伝えたうえ、所管政府機関による質問に対し説明と回答を行った。さらに、所管政府機関より客観的な立場から従業員に十分説明するよう依頼した。すると所管政府機関からも、先方の顧問弁護士に依頼して弊所弁護士の説明及び提供した説明資料が確認され、この度の労働契約終了の合法性が認可された。ただ、政府の安定維持要求により、会社と従業員の間で友好的に協議し解決
することが希望された。
・政府機関による協力のもと、弁護士とそれぞれの従業員が個別面談を行うことになった。各従業員の具体的状況に基づき、双方で折り合いがつく方法を模索して最終的な合意に達し、従業員と会社で労働契約終了協議を締結した。
①三期中の従業員について、会社が存続した場合を想定し、妊娠、出産、授乳の各段階にある女性従業員が享受する待遇を分析し、複数の解決案を提示した。
②労災を負った従業員に対し、調べて確認された労災認定の結果、後遺障害の認定結果ごとに、法律に規定される待遇に従い、清算の全体スケジュールを踏まえて複数の解決案を提示した。

3.依頼者の満足ポイント
・全従業員と労働契約終了協議を締結し、スムーズに全ての従業員との労働関係を終了できたことにより、清算の過程において最大の難題である従業員処遇の問題を解決できた。
・弁護士による速やかかつ適法な対応により、事態の悪化や集団性事件の発生が回避でき、影響が最小限に抑えられた。
・A社と日本の本社の中国政府機関に対する信用が守られた。

4.中国での類似の案件における対応の難点とアドバイス
関連する『労働契約法』第44条の規定により、「使用者の中途解散」は労働契約を終了するための法定事由にあたるとされてはいるものの、実務対応として、会社の中途解散、清算、登記抹消にあたっての従業員処遇は、それほど簡単に処理できることではありません。設立以来の期間の長さ、会社形態、従業員数の規模等にかかわらず、実際の清算過程においての従業員処遇は常に、会社にとり大きな難題となるだけでなく、従業員が個人的な利益を図り、さまざまな手段を講じて会社清算の進行が阻害されることもしばしばあります。こうした状況に対し、弊所では以下のようにアドバイスしています。
・清算の前に、会社の生産経営について全面的な法務DDを実施して会社の清算過程で出現しうる問題を洗い出し、専門家に相談しあらかじめ対応を講じておく。
・清算の前に、会社を清算する意向を、所在地の区/市の政府、労働機関、労働組合、公安機関等の各所管政府機関に報告し、協議、交渉して理解を得ておく。
・清算の過程において、従業員問題を処理するにあたっては民主的プロセスを十分に履行し、従業員に状況を説明し、従業員の「無理解」によって混乱が生じ、集団性事件を引き起こす事態を避ける。
・清算の過程において、異議を唱えた従業員に対してはなるべく本人と個別に面談し、他の従業員と「団結」させないようにする(相手が団結すれば事態の解決にはより不利となる)。

企業によって異なる具体的事情により、存在する/しうるリスクもさまざまに異なります。従業員による要求も千差万別であり、専門家が具体的状況を踏まえて分析・判断し、必要な対策を検討するとともに、事態の進展に応じてそれを随時調整していくことで、会社の目的を実現することができます。