日系企業が中国現地に投資して工場を設ける際、土地のコスト及び建設の所要期間等の問題を考慮して、他人が建設した既存の工場を借りて生産経営の場所とするケースがあります。そのようにして借りていた工場が政府により取り壊されることになったとき、本来日系企業が受け取るべき補償について、貸主が収用・取壊しの関係政府機関(以下関係機関という)と合意できなかった場合、賃借人である日系企業が自らの利益を保護するにはどうすればよいか、ご紹介いたします。

1.工場取壊しに際し、日系企業が賃借人として獲得できる補償
   賃借する工場が取り壊されるにあたり、『国有土地上建物収用補償条例』第17条の規定に基づき、被収用者は、工場が取り壊されることに伴う、工場の内外装部分の価値補償、立退き、一時移転に対する補償及び操業停止の損失に対する補償を含む補償項目を獲得することができるとされています。これらの補償項目について、実務において統一の補償基準があるわけではなく、貸主、関係機関との交渉が必要となります。

2.通常、関係機関による補償は貸主のみに対してのものとなるが、特定の状況においては日系企業が自らの名義で関係機関に補償を主張することもできる
   通常の実務では、『国有土地上建物収用補償条例』第2条の規定により、賃借する工場が取り壊される際、関係機関では被収用者である建物の所有者、すなわち貸主に対してのみ補償を与え、賃借人である日系企業に対して直接補償が行われることはありません。
   ただし、貸主から日系企業が取壊しによって受ける損失について関係機関に補償の主張が行われなかった場合について、最高人民法院による過去の判例において、関係機関が取壊しの対象となる建物について賃借人が存在することを知っているか知り得るべきである場合、関係機関が貸主と補償協議を締結せず、賃借人とも補償協議を締結していなければ、賃借人が自らの名義で関係機関に賠償を主張することができると認定されたことがあります。このため、関係機関から日系企業に補償が与えられない場合に、行政訴訟を提起することも、補償を獲得するための手段の一つと考えることは可能であり、交渉のみに頼っていては、補償獲得の実現には遠く及びません。

3.日系企業へのアドバイス
   上記の説明通り、賃借する工場が関係機関により収用される際、賃借人である日系企業では通常、自らの名義で関係機関に補償を主張することはできませんが、特殊な場合に限りそれが可能となります。対応の戦略としては、貸主と工場の賃貸契約を締結する際に、工場が取り壊される場合に獲得する内外装費、立退き、一時移転にかかる補償、操業停止による損失への補償等は日系企業に帰することを約定しておき、実際に工場が取り壊されることになった場合は、日系企業が貸主とともに関係機関と交渉し、日系企業が補償協議の内容を確認したうえで、貸主がそれに署名し、締結するという手順を踏むことが必ず必要です。中国では、工場の取壊しに関わる利益は非常に大きなものとなり、貸主、日系企業、関係機関の間で取壊し補償の項目、金額等について紛争が起き易いものです。これに加えて日系企業では文化、法律、言語面の差異により、貸主や関係機関との交渉の中で劣勢な立場に置かれることも多いため、利益を最大化するためには、日系企業の立場から対応できる弁護士に依頼して中国の法律、商慣習に則り、貸主や関係機関との交渉に当たる必要があります。