コロナ禍の中で、各種の原因により、企業の移転が少なからず発生しています。企業移転には例えば、経営規模の調整により企業が自主的に移転する場合や、地方政府による土地使用計画の調整政策により移転をする場合がありますが、どのような原因により移転するかを問わず、企業経営者にとっては一大事であり、あらゆる面の問題を統括的に手配することが必要となります。経営者は、生産経営計画の移管等の経営事項については重点的に考慮する一方で、従業員対応においては、多くの日本企業で従業員の職務や担当業務内容、待遇等は全て変化しないと考えられることが多く、労務問題は軽視されがちです。
中国では、移転は企業の自主的な経営行為であるという点は認可されています。一方で、移転により全従業員の勤務場所が変更するために、通勤時間や通勤手段の選択等、従業員の切実な利益に関わり、従業員の就業選択に影響する可能性があります。処理に不備があると集団性事件を極めて引き起こしやすく、予定した日程通りに移転できなくなるだけでなく、状況によっては企業に重大な経済的損失をもたらす恐れもあります。このため、企業では事前に移転先住所、関連政策等について綿密な調査を行うだけでなく、従業員の利益をも考慮して、適切な従業員処遇案を制定しておくことが必要となります。また、企業で翌年以降も良好な経営を持続するため、日本本社と現地法人で予算をきちんと立てておくことも大切です。
企業移転に際しての労務問題対応で留意すべき点について、以下で簡単に説明、分析いたします。

◆行政区域を跨ぐ移転となる場合
行政区域を跨ぐ移転は、通常勤務場所への変更発生と認識され、労働者と協議して合意する必要があります。勤務地点の変更に労働者の同意を得られないと、一般には労働契約の履行継続に影響を及ぼし、使用者は従業員に経済補償金を支払うことが必要となります。

◆同一行政区域内における移転の場合
同一行政区域内における移転について、従業員の同意を得る必要があるかどうかは、地方個別の規定(深セン市規定では、使用者が深セン市の行政区域内で移転し、労働者が使用者に経済補償金を支払うよう要求した場合、支持しないとされている等)を除き、国レベルの法律による明確かつ統一的な規定はないため、各地の裁判所にかなりの自由裁量権があるということになります。また、ケースにより異なる結論の判例も存在しています。
各地の判例から、同一行政区域内での移転に対しては、主に勤務場所の変更が労働契約の履行継続に影響するかどうかが審査されます。具体的には、移転距離が合理的な範囲内か、交通条件の利便性、勤務場所の変更後労働契約の履行を継続する従業員の仕事や生活にもたらす不便について使用者が相応の措置(シャトルバスの運行、交通費補助の支給等)を取ったかどうか、といった要素により総合的に分析、判断されるものとなります。

◆民主的プロセスの履行
上述の通り、企業の移転は全従業員の切実な利益に関わることから、『労働契約法』第4条により、法定の民主的プロセスを十分履行しなければならないと規定されています。労働組合、従業員代表と十分なコミュニケーションを取って交渉し、全従業員への告知と説明を行うことが必要とされます。移転案が確定したら、必ず民主的プロセスを確実に履行し、従業員との認識の不一致を可能な限り解消し、平穏に移転を済ませられるようにします。また、政府機関と適切に交渉していくことも、民主的プロセスの正しい履行を確保するうえでの重要な一環となるため、決して軽視することはできません。関連の民主的プロセスは従業員の切実な利益に関わるため、従業員の利益を確保したうえで企業の利益も考慮するために、社内だけで交渉を進めることが難しい場合も多々あります。そのような場合には弁護士のサポートを利用し、法律面から各者の利益を考慮に入れたうえで企業と政府の交渉、意思疎通を行うことも可能です。